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symbianスマートフォンの終焉 その7~最高の端末の誕生、symbianの終わり [携帯電話]

■5th editionからsymbian^1
 端末の面においては他にはないデザインで独自性を出してはいるものの、スマートフォン分野では苦戦を強いられている。OSの面においてもかつての仲間たちはandroidの採用を決定し、symbianのもとを去っていく。この両方をてこ入れすべく、ノキアは動いた。
 iPhoneの登場以来、ユーザーも携帯電話メーカーもそれに似た物を欲していた。そのひとつがタッチパネルである。すでにsymbianOS S60は、5th editionにおいてタッチパネルに対応していた。そこでsymbianは、5th editionこそ今後の祖となるべきものであるという意味もこめて、5th editionを“symbian^1”へと名称を変更した。
 iPhone=iOSとandroidが注目を集め、スマートフォンOSのシェア争いが注目を集めた。しかし2011年初頭まで、そのトップに名を連ねていたのがsymbianOSである。高機能携帯である“スマートフォン”のユーザーに新たになったもの、あるいはこれからなるであろうものには、symbianOSがどんなものか知らない人が多数だっただろう。そういった人々に対して「symbianとは何か?」を明確に提示する狙いも大きかったと思われる。

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symbianスマートフォンの終焉 その6~インターネットサービスへの参入 [携帯電話]

■端末以外に必要な物を
 2008年の失敗を糧として登場した「N97」は、iPhone3GSと同じ2009年6月に登場した。「5800xpress music」以来、ノキアとしては2台目のタッチパネル採用の端末だった。モニターサイズもiPhoneと同じ3.5インチとなったが、端末を横にスライドさせるとQwertyキーボードが出てくるという独特なデザインだった。日本人がデザインしたことでも知られる「N97」は人気を博し、4ヶ月後には3.2インチモニターを搭載し、全体を小さくした「N97 mini」も発売された。
 しかし問題は端末ではないと、ノキアは考えていたようだ。すでにsymbianOS S60を採用する携帯電話メーカーは、androidに流れてしまった。ノキア1社でsymbianOSを守り抜くためには、現ユーザーを満足させるサービス、新規ユーザーを増やすための魅力あるサービスの提供が不可欠だった。そこでノキアが進出した先は、インターネットサービス事業だった。

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symbianスマートフォンの終焉 その5~ニーズとの乖離 [携帯電話]

■来る脅威に向けて
 ノキアがsymbianスマートフォンを終えるきっかけとなったのは、間違いなくiPhoneの登場だ。iPhone登場後のノキア端末の遍歴を見ると、その苦悩が垣間見える。これまでの端末の技術を生かしつつ、iPhoneに対抗しなくてはいけない。完全なるiPhoneの模倣機を登場させなかったのは、ノキアのプライドだったのだろうか。
 初代iPhoneから2ヶ月遅れて市場に登場した端末が「N95」だ。「N95」に関しては前項にて詳しく記載したが、この端末こそ携帯電話としての正常進化を見せた最高傑作だったと言えるだろう。「N95」は大ヒットを記録したが、これには初代iPhoneの通信規格の問題もある。初代iPhoneはGSM規格であり、3G規格ではなかった。現にGSMを採用していない日本での発売はなかったわけだが、同様の国も少なくはなかった。逆に次世代iPhoneは3Gに対応してくるだろうことは予想されていた。他メーカーにとっては“準備期間”として利用できることになるわけだが、ノキアそこをうまく使うことができなかったと言わざるをえない。

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symbianスマートフォンの終焉 その4~提示していたデータ通信量の肥大化 [携帯電話]

■最高機「N95」の登場
 マルチメディア端末を「Nseries」、ビジネス端末を「Eseries」と差別化を図ることにより、ユーザーへの訴求力を上げることに成功したノキア。そして携帯電話として正統に進化した、最高の端末をリリースした。それが「N95」である。初代iPhoneが発売された2007年1月から2ヵ月後のことだった。
 デュアルスライド機構を搭載したこの端末。下にスライドするとテンキーが、上にスライドさせると再生、停止などミュージックプレイヤーで使用するキーが現れる。3.5mmイヤフォンジャックを備え、手持ちのヘッドフォンで音楽を聞くことができる。カメラはカールツァイスレンズ搭載500万画素、GPS搭載。そして当然ながらOSはS60 3rd edition。アプリケーションのインストールが可能だ。そしてもうひとつはモーションセンサーの採用だ。当初は写真や動画撮影時に利用できるだけであったが、これをアプリケーションでも利用できるようにした。万歩計のようなアプリケーションも誕生することになる。
 初代iPhoneとほぼ同時期に登場したこの「N95」は好調に販売数を伸ばした。この段階ではiPhoneよりもS60搭載機の方が“携帯電話”としての信頼度は当然高かった。それに加えての多機能である。液晶画面を0.2インチ大きくし内部メモリーを8Gに上げた「N95 8GB」も含め、世界中で1,000万台を販売したほどだった。
 この機種にはもうひとつ、注目に値するものがあった。それは長年携帯電話を作り続けていたノキアだからこそ生まれた発想であり、キャリアにとっても有意義のように思えた。しかしこれも、思わぬかたちで実現を阻まれてしまった。
 

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symbianスマートフォンの終焉 その3~N-GAGEの敗北 [携帯電話]

■Series60の進化と端末の差別化
 携帯電話にアプリケーションをインストールするという技術革新を見せたノキアの次の手は、端末だった。これまでノキア端末の型番は4桁の数字でなりたっており、千番代の数字が大きいほどハイエンド機という様相だった。その4桁で表す端末とは別に、マルチメディアに特化したハイエンド機を『NSeries』、ビジネスに特化した端末を『ESeries』として差別化をはかった。
 symbianOS Series60も進化を遂げ“Series60 2nd edition”となり、初めて登場したNseries端末が『N90』だ。初めてのSeries60搭載機『7650』から3年後の2005年に登場した『N90』の液晶サイズは『7650』の倍となり、200万画素の写真撮影やビデオ撮影を全面に押し出して登場した。
 2005年後期には“S60 3rd edeition”となったOSを搭載したEseries端末も登場。「E60」、「E70」、後に日本でも発売される「E61」の3機種だ。特に「E61」はブラックベリーのようなQWERTYフルキーボードを備え、液晶も320×240、2,8インチと大型化された。書類作成にも支障はない大きさとあって、ビジネスマンの間で人気を博すこととなる。
 これまでより分かりやすい型番の導入により、ユーザーは自分に合った端末を見つけやすくなった。オタクであるならば「Nseriesの一番新しいヤツ」、ビジネスマンならEseriesといった具合だ。この端末の差別化も、symbianS60スマートフォンのシェア拡大に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。
 そしてノキアは、もうひとつ大きなプロジェクトを走らせていた。しかしそのプロジェクトはいささか早すぎ、進化が遅かったのかもしれない。

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